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もしも誰かが助けを求めていた場合、あなたは助けますか?
まあ、状況にも寄るでしょうけど。 とある研究では不特定多数に向けて助けを求めた場合、助けようとする人は1割くらいだそうです。 誰かがなんとかしてくれる、とか、自分より向いている人がいる、とか思ってしまうのでしょうね。 しかし、逆に、どんな形でもいいのでその助けを求める対象を特定の個人にすると、助けようとする人は赤の他人でも何でも8割近くにまで跳ね上がるそうです。 このように、その人の意思だとか周りの状況などよりも、その助けを求める行為が自分に向けられているかどうかで助ける気持ちと行動力は変化するというお話です。 で、本題。 |
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週1更新を目標にしてみたけれど、ネタがなくって難しいです。
まぁ、ここは自分のストレス発散のために作ったようなものだから、愚痴とか読む側は楽しくないようなものも書きたいように書かせて貰おうと思います。 ってなわけで、暗い内容にもめげない心の広い人だけどうぞ♪ |
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今日のタイトルは乙一さんの小説から。
じんわり沁みるいい話です。 それはさておき、最近、私のサークルの練習場所に、野良猫の親子がうろちょろしています。 きっかけは、私が痩せ細ってがりがりのおかーさん猫にお弁当の残りをあげたことでしょう。 それ以来、私がちまちまエサをあげ、気付いたら結構なつかれてしまいました。 『野良猫にエサをあげると自分でエサを探さなくなるから、あげるべきではない。例え死んだとしてもそれは自然の摂理だから仕方がないこと』と、言われてしまうかもしれません。 でも、それって、人間を“自然”とは別物と考えている感じがして、人間って何様よ?って思ってしまうのです。 例えば、通りすがりの犬がこの野良猫に自分のエサをあげてもオッケーなんですよね? でも、同じコトを人間がするのだけはよくないと? まあ、世の中は矛盾に満ちているものなのですから、それくらい許容範囲の矛盾なのかもしれませんけどね。 で、今日。 ちょっと早めに練習場に行きましたが、まだ猫たちはいません。 まあ、いつもはいないよなあ、と思って準備をしようとしたら、やたらとハエが飛んでいることに気がつきました。 猫の糞かと思って近づいてみると…1番小さい子猫の亡骸でした。 一緒に練習をしている後輩が見たら、どんなに悲しむか。 それは後から思いついた理由ですけども。 私は練習場の裏にせっせと穴を掘り、そこに子猫を埋めることにしました。 ちゃんとした道具もなく、手と石だけで掘るのは、小さな穴でも手こずってしまいました。 やっと穴を掘り終えて子猫の所へ向かうと… 後輩が息を呑んで目の前に立っていました。 何も言葉を交わさず、ちょっとためらい、猫に謝ってからその体を持ち上げました。 軽くて、小さくて、頼りない、その体をそっと土に埋めました。 その上に石とハエよけの蚊取り線香、猫のエサを少し添え、とりあえず、手を併せました。 その後、ぽつぽつ後輩と話をし、何事もなかったかのように擦り寄ってくる猫たちにエサをやったり撫でたりしましたが、最後まで後輩のテンションは低いままでした。 私も、上手く上げられたかはわかりません。 でも、もうエサを食べられない猫の分も、他の猫たちにしっかりゴハンを食べてなるべく長生きして欲しいと思います。 社会的に見て、それはいいことではないかもしれませんが… 〜今日のひとりごと〜 動物を飼う資格のないこの身がもどかしい。 |
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